大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)238号 決定

抗告人 松村卯三郎 外二名

相手方 宗教法人念法真教

主文

抗告人大森磯八の本件抗告を棄却する。

原決定中抗告人松村卯三郎、同叶凸に関する部分を取り消し、大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

一、抗告人ら代理人は、「原決定を取り消す。相手方宗教法人念法真教を解散する。本件手続費用は相手方の負担とする。」との裁判を求め、相手方代現人は抗告棄却の裁判を求めた。

抗告人らは抗告理由として、別紙のとおり述べた。

二、当裁判所の判断

まづ、抗告人らに本件解散命令を請求できる適格があるか否かを判断する。

(一)  宗教法人法第八一条第一項は、裁判所が、宗教法人に同法所定の事由があると認めたときは、所轄庁、利害関係人若しくは検察官の請求により又は職権で、その解散を命ずることができる旨規定するが、右利害関係人とはいかなる範囲の者をいうか、さらに、信者を含むかいなかについては右法条自体何んら明定していない。

しかしながら、宗教法人法中他所で「利害関係人」に関して規定するところをみると、同法は宗教法人の設立、財産処分、被包括関係の設立又は廃止、合併、解散等の場合に公告制度を設け、右公告は「信者その他の利害関係人」に対しなすべき旨を規定している(同法第一二条第二、三項、第二三条、第二六条第二項、第三五条第三項、第四四条第二項)。そして、右各規定は、宗教法人の公明適正な運営と自主性を確保するために設けられたもので、右立法趣旨ならびに前記「信者その他の利害関係人」なる文言からも、宗教法人法は「利害関係人」とは宗教法人の存続に利害関係を有する者を指し、かつ、信者をもつてその利害関係人中の一つとして取扱うことを自明の理としていることが十分に窺いうるのである。

ところで、前記第八一条は、宗教法人法が宗教団体に法人格を与え宗教法人が自由かつ自主的な活動をするための物的基礎を獲得させることを目的としているため、一方、宗教法人に前記法条所定のような公益侵害ないし法令違反等右目的に背反するがごとき事態を生じた場合には、公益保護の目的から裁判所の関与のもとに、その解散を命ずることによつて、法人格を消滅せしめる趣旨の規定であることはいうまでもなく、同条が所轄庁ならびに公益の代表者たる検察官の請求によるほか、裁判所の職権による解散をも認めているところに徴すれば、右「利害関係人」の請求は結局裁判権の発動を促す以上に出でないものであるから、右立法趣旨にかんがみれば、同条にいわゆる「利害関係人」もまた、前記公告に関する諸規定中の「利害関係人」の意義と同様、宗教法人の存続に利害関係を有するものと解すべく、当該宗教法人の包括宗教法人あるいは債権者、債務者はもちろん、宗教法人の存続に直接かつ最大の利害関係をもつ信者をも当然に含むものと解するのが相当である。同条の利害関係人に信者を含む旨明文の規定がないからといつて、信者を前記解散請求権者たる利害関係人より特に排除したものと解する理由はないというべきである。

(二)  そこで、抗告人らが相手方宗教法人の信者であるか否かを考察するに、真正に成立したものと認めうる甲第一、二号証に原審証人長谷川霊信の証言ならびに同証言により成立を認めうる乙第一六号証を総合すると、相手方念法真教は宗教法人総本山寺院「金剛寺」およびこれに所属する一般寺院教会の包括宗教法人として昭和二七年九月九日設立された教派であつて、右教制(宗教法人「念法真教」規則、念法真教教法、宗教法人「金剛寺」寺法、念法真教教務庁規程、念法真教一般寺院教会規程、念法真教教学院規程)によれば、念法真教の教義を信奉するものを信徒、信徒で灯主より得度授戒を授けられた者を教徒、教徒のうちさらに所定の教師試験に合格し教師に補せられたものを教師とする旨定め、信徒たるためには、所属したい寺院又は教会に信徒加入願を提出し、右寺院、教会において右願出を承認してその信徒名簿に登録せられることを要し、信徒はすべてその所属寺院又は教会の維持を扶けるために、教費(灯明料)として本教直轄支部に所属する信徒は月額一〇〇円、その他の支部に所属する信徒は月額四〇円を納付すべきものと定められていることが認められ、右認定によれば、相手方宗教法人の信者とは、その教義の信奉者にして前記所定の手続によつて信徒たる資格を取得し、かつ、教費納付義務を負担する者をいうと解すべきである。

(1)  ところで、原審証人長谷川霊信の証言(一部)、原審における抗告人本人松村卯三郎の供述によれば、抗告人松村は念法真教を信奉し昭和二九年一月入信、その後相手方宗制による教育機関念法教学院の院長に任ぜられ、さらに、宗団内部において灯主より総監の呼称を与えられて事実上宗務行政を統轄する地位にあり、昭和三〇年九月三日規則所定の責任役員に就任(昭和三三年九月三日任期満了により退任)するとともに、右総監たる地位を兼任していたところ、その後宗団内部に発生した刑事事件に基因して、昭和三三年一二月二七日右総監たる地位を罷免されたものであるが、前記規則によれば、責任役員は教師又は信徒中より灯主が任命するものと定められていることに徴し、抗告人松村が相手方宗教法人の信徒たることは明かである。相手方宗教法人の宗制によるも、抗告人松村が前記宗団内部における総監たる地位を罷免せられたことにより前記信徒たる資格を喪失する根拠を見出しえないから、同人は本件解散命令申立当時も相手方宗教法人の信者であるというべきである。(右認定に反する前掲証人長谷川霊信の証言は措信できない)

(2)  真正に成立したと認められる甲第一五号証、原審における抗告人本人叶凸の供述によれば、抗告人叶は昭和三〇年春頃念法真教に入信し、同年七月一四日得度授戒を授けられた教徒であり、昭和三〇年夏頃より本山金剛寺に常勤し、渉外、修道生の教育等の教団事務に従事し、謝礼金名義で月二〇、〇〇〇円を支給されていた関係で当時前記教費の納入を免除されていたものであることが認められる。原審証人長谷川霊信は、相手方宗教法人においては信徒が右教費を三ケ月以上納入しなかつた場合は、当然に信徒たる地位を除籍せられる旨の内規があり、抗告人叶は右教費を永年に亘り納入しなかつたため、前記内規に基き本件解散命令申立当時既に信徒たる地位を除籍せられていた旨証言しているが、右証言のみによつて前記内規の存在を確認しがたいから、右抗告人に教費未納の事実があつても、これにより同人が前記信徒たる地位を喪失したものと認めることはできない。したがつて、抗告人叶は本件解散命令申立当時相手方宗教法人の信者であるというべきである。

(3)  真正に成立したものと認められる乙第四号証に原審証人長谷川霊信の証言、原審における抗告人本人大森磯八の供述(一部)によれば、抗告人大森は昭和二九年五月二七日入信し、信徒名簿に登録せられた本山金剛寺所属の信徒であつたが、昭和三三年一二月相手方に対し自ら信徒を辞任する旨申出でたので、同年一二月一七日付をもつて前記信徒名簿上除籍されるにいたつたことが認められ、右認定に反する前掲抗告人本人の供述は措信できない。

以上のとおり、抗告人大森は、本件解散命令申立当時相手方宗教法人の信者でないことが明かであり、その他同人に前記利害関係人たる事由の存することを認めえないから、同人の右申立は不適法として却下を免れない。したがつて、右申立を却下した原決定は結局正当であつて、右抗告人大森の本件抗告は理由がない。

しかしながら、抗告人松村、同叶両名は前記のとおり相手方宗教法人の信者で宗教法人法第八一条第一項にいわゆる利害関係人に該当するから、同人らに本件解散命令を請求できる適格がないとの前提にたち、その申立を却下した原決定は不当であつて、取消を免れない。

よつて、宗教法人法第八一条第七項、非訟事件手続法第二五条、民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第三八八条を各適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 沢栄三 斎藤平伍 中平健吉)

別紙 抗告理由

一、原決定は「単に宗教法人念法真教の信者であるというだけでは右各事実に付(猥褻並に強姦、詐欺的言辞による募金、医療妨害)利害干係があると云う事は出来ない」と云うが之は明に宗教法人法第八十一条の解釈を誤つたものである。

第八十一条を熟読すれば同条各号即公共の福祉侵害、宗教団体の目的逸脱、宗教団体の目的とした行為の懈怠、滅失した礼拝施設の放置、代表役員の欠缺、同法第十四条第一項第一号第三十九条第一項第三号の要件の欠缺等どれ一つを取つて見ても之等の事に利害干係を有するものは信者一般であり、特定の信者を指しておるものではない事は明である、原審によれば信者である外に強姦の被害者であつて始めて利害干係人と謂えると云うにあると解釈される然し強姦と云う事は第八十一条一、二号の原因事実を組成して居ると云う丈であつて法第八十一条が取締らんとしておるものは之等の原因事実により発生した公共の福祉侵害、誤れる教化育成と謂う事実である従つて福祉侵害、誤れる教化育成による被害者は信者一般であり個々の原因事実に干係ある特定の被害者ではない、同条各号の被害は特定の信者に対する被害、別言すれば「私」の被害ではなく信者一般に及ぼす被害謂はゞ「公」の被害を云ひ此の「公」の被害による被害者が第八十一条の利害干係人となるのである、此の事は法第八十一条に解散命令の請求権者として利害干係人と並んで所轄庁即文部省又は都道府県知事検察官を撰び裁判所が職権でもやれる様にした事によつても明である私益保護の立場に立つて居るとすれば之等の国家機関に請求権又は職権発動を認める筈がない、第八十一条各号が公益侵害であるからである、原審は第八十一条の法益を公益と見る事なく私益と解した点に於て解釈を誤つたものと謂うべきである

二、仮に原決定の如しとするも申立人大森磯八は詐欺的言辞に依る募金並に医療妨害による直接の被害者であり原審の謂う利害干係人であるに不拘、之を看過した事は事実認定に於ても失当がある

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例